
海図の緯度経度、測地系はどれ? — WGS-84という答えと、水深だけ基準面が違う理由
日本近海の海図は世界測地系(WGS-84)です。 水平位置についてはJGD2011やJGD2024とほぼ同じものとして扱えるので、GISに重ねてもズレません。落とし穴は別のところにあります。海図の「水深」と「高さ」は、基準面が違うのです。しかも2002年3月以前に刊行された古い海図は日本測地系のままで、こちらは数百メートルずれます。
経緯度の基準は世界測地系(WGS-84)
日本水路協会の「海図図式」は、経緯度の基準についてこう書いています。日本近海の海図は世界測地系(WGS-84)に基づいて経緯度を決めている、と。
海図が世界測地系に切り替わったのは2002年(平成14年)4月1日です。改正測量法の施行に合わせて、海上保安庁は日本周辺海域の海図をいっせいに世界測地系へ移行しました。同時に、水路通報や航行警報で使う緯度経度も世界測地系のみになっています。背景にはGPSの急速な普及と精度向上、そしてSOLAS条約の改正がありました。
つまり「海図の測地系はどれ?」の答えは、刊行時期で二分されるということです。
| 刊行時期 | 経緯度の基準 | GIS側での扱い |
|---|---|---|
| 2002年4月1日以降 | 世界測地系(WGS-84) | JGD2011 / JGD2024 とほぼ同じ。そのまま重ねてよい |
| 2002年3月以前 | 日本測地系(TOKYO) | 変換が必要。地域により数百メートルずれる |
古い海図や、古い海図から座標を写した資料が混ざると、旧日本測地系と世界測地系のズレ(日本国内で約400m、先島諸島では600mを超える)がそのまま出ます。これは陸の図面で起きるのと同じ現象です。

なお、外国地域の海図では経緯度の基準が異なることがあります。原資料を外国の海図から採っているためで、測地系が明らかな場合は図中に注記されています。日本近海だからWGS-84、という理解を海外の図にそのまま持ち込まないほうが安全です。
WGS-84とJGD2011/JGD2024の関係
「WGS-84とJGD2024は別物では」と気になる方のために補足します。実用上は水平位置で数センチのオーダーの違いしかなく、海図の縮尺(大縮尺の港泊図でも1/5万より大きい程度)では図上で区別できません。両者の厳密な関係は別記事で扱っているので、そちらをご覧ください。
本題——水深と高さは基準面が違う
ここからが海図特有の話です。海図に載っている数値は、何を測ったかによって基準面が変わります。
| 海図上の量 | 基準面 |
|---|---|
| 水深 | 最低水面 |
| 陸部の山や塔の高さ | 一般に平均水面 |
| 経緯度 | 世界測地系(WGS-84) |
日本水路協会の海図図式は、この点をはっきり書いています。「水深は最低水面から測った値、高さは一般には平均水面から測った値」であり、海図には水深・高さの単位と基準面が明記されている、と。
最低水面は「これより潮が引くことはまずない」という低めの想定潮位で、船が座礁しないよう安全側に取られた基準です。だから水深は実際より浅めに書いてあることになります。
一方、陸のほうの標高(地形図に載っている「標高125m」など)は、東京湾平均海面(T.P.)を基準にしています。海図の「高さ」が使う平均水面はその土地の平均的な海面で、T.P.と厳密に同じではありません。
つまり、海図の水深と陸の標高をそのまま足し引きすると合いません。海底の標高(T.P.基準)が欲しいときは、その海域の最低水面と平均水面の差、さらに平均水面とT.P.の差を順に踏まねばならない、というのが正しい手順です。河川や港湾で使うA.P.・O.P.・Y.P.といった特殊基準面と同じ構図です。
距離を測るときは緯度目盛りを使う
海図は主としてメルカトル図法(漸長図法)で描かれています。ご存じのとおり、メルカトル図法は高緯度ほど拡大されます。
そのため海図の縮尺表記も独特です。日本および近海では1/10万以下の小縮尺図は緯度35度における経度の長さを基準にし、それより大縮尺の図はその図の中央の緯度(中分緯度)を基準にしています。図名の下に 1:200,000 (Lat 35°) と書いてあるのは、そういう意味です。
そして実務上の作法として、海図上で距離を測るときは、その緯度の高さにある左右の緯度目盛りを使います。緯度1分が1海里(1,852m)だからです。経度目盛りで測ってはいけません。
GISに持ち込むときのチェックリスト
- [ ] その海図は2002年4月以降の刊行か(図の注記で測地系を確認する)
- [ ] 日本近海の図か。外国地域の図なら注記の測地系を読む
- [ ] 拾った数値は水深か、高さか。基準面が違うことを承知しているか
- [ ] 陸の標高(T.P.)と足し引きしていないか
- [ ] 図上距離を測るなら緯度目盛りを使ったか
- [ ] 緯度と経度の順序を取り違えていないか(数値の大きいほうが日本では経度)
電子海図(ENC)を扱う場合も、水平位置の考え方は同じです。国際水路機関(IHO)の基準に従って数値化されたもので、ECDIS上で自船位置やレーダー映像と重ねて使われます。数値化されている分、測地系の取り違えは起きにくくなりますが、水深の基準面が最低水面であることは変わりません。
まとめ
- 日本近海の海図の経緯度は世界測地系(WGS-84)。JGD2011/JGD2024とほぼ同じものとして扱える
- 切り替えは2002年4月1日。それ以前の海図は日本測地系で、数百メートルずれる
- 水深は最低水面、高さは平均水面が基準。海図には基準面が明記されている
- 陸の標高(東京湾平均海面=T.P.)とは基準が違うので、そのまま足し引きできない
- 図法はメルカトル図法。距離はその緯度の緯度目盛りで測る(緯度1分=1海里=1,852m)
- 外国地域の海図は原資料由来で測地系が異なることがある。注記を読む
出典
- 海図図式 | 日本水路協会(経緯度の基準・水深および高さの単位・図法・縮尺) https://www.jha.or.jp/jp/jha/charts/note/index.html
- 海図 | 海上保安庁 海洋情報部(海図の種類・電子海図・最新維持) https://www1.kaiho.mlit.go.jp/chart/kaizu/about_kaizu.htm
- 水路図誌使用の手引(海上保安庁) https://www1.kaiho.mlit.go.jp/pic/zushitebiki_20260605.pdf
- 世界測地系移行の概要 | 国土地理院 https://www.gsi.go.jp/LAW/G2000-g2000.htm
海図の測地系・基準面は個々の図に注記されています。実務では必ず使用する図そのものの注記を確認してください(本記事の記述は2026年9月時点の公開資料に基づく一般則です)。
次に確認する
- T.P.・A.P.・O.P.・Y.P.——図面ごとに違う「高さゼロ」の揃え方を確認する — 海図の最低水面と同じ「基準面が違う」問題を、河川・港湾の図面で扱っています
- WGS84とJGD2024の関係がどこまで同じかを確認する — 「海図はWGS-84だからJGD2024と同じでよい」の根拠になる数値です
- 測地系が書かれていない座標の見分け方を確認する — 古い海図由来の座標が混ざったときに、ズレ量から判定する手順です
- 海抜・標高・水深の基準面の違いを図で確認する(GeoPrism JP) — 3つの基準面を1枚の断面図で見比べられます
- 書籍でまとめて学ぶ: 『日本の測地系Q&A』第8章「標高・ジオイド・海面」(Kindle Unlimited対応)
入門から通しで読むなら: 『日本の測地系がわかる本』 — 旧日本測地系から JGD2024 まで、座標がズレる理由と実務での扱いを1冊にまとめました(Kindle Unlimited 対応)
開発者より: アプリ・Kindle本・オープンソースの一覧は GitHub: amru195704 にまとめています。
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